日本のカジノ誘致には「メリットを最優先する“推進派”」と「デメリットだけを取り上げる“反対派”」がいる。

 

反対派が声をあげるデメリットとは、「ギャンブル依存症の増加」、「犯罪率の上昇」、「若年層への悪影響」というのが3大テーマだ。

また、大企業や芸能人などの著名人のカジノスキャンダルを取り上げて、如何にカジノが“悪”なのかを説明したりする。

しかし、この反対派の主張するカジノ悪説は、本当に日本のデメリットなのだろうか?

何となく「カジノ」=「罪」というイメージがカジノ合法化への向かい風となっている。


カジノ誘致を推進する側は、カジノ運営については、カジノの「負」の部分を軽減するリスクマネジメントも可能だと説明しながら、

海外のカジノ成功例を挙げられるが、日本の世論はリスクを主張するのが大好きなので、効果を得ることは難しい。


例えば、3大デメリットのリスクマネジメントとして、シンガポールのカジノでは、限定された特区内だけでカジノ施設が造られていて、

主に観光客をターゲットとしているので、外国人は入場無料だが、シンガポール在中の現地住民からは高額の入場料を徴収して、

カジノ依存症などを防いでいる。こうした対策によって、特に低所得者層や若年層がギャンブル依存症に陥るのを防いでいるし、

韓国の場合、都心のカジノは外国人専用とし、韓国人が入場できるカジノ施設は「カジノ特区」を都心でなく沿海側の地方に

設けるなどの対策が考慮されている。と力説し続けているが、説得力が無い。


このような対策をリスクマネジメントと考えることが実はリスクだ。 

反対派は、そんなに対策をしても韓国もシンガポールも依存症患者は増加しているし、破産者や犯罪もニュースになっていると

攻める。


推進派はここで「でも、儲かるんだよ」と主張すると、更に反対派は「儲かれば国民がどうなってもいいのか! 金と命とどっちが大切だと考えているんだ!!」と、カジノ運営と直接関係の無い正論を捲し立てられて、カジノ議連の全議員が下を向く。。。

よくできた国会コントが何年も続くのだ。

リスクを訴えるのは簡単だが、それを正論とするならば、日本は原始時代の生活を余儀なくされて然りだ。

何故ならば、利益より人命を・・・となれば、飛行機も自動車もあってはならない。

青少年の悪影響が利益より優先するならば、テレビもインターネットもあってはならない。

そもそも、ギャンブルがそんなにダメならば、公営賭博も宝くじもあってはならない。

すべては個人のリスクマネジメントによって社会経済は豊かになっている。

ビジネスも人種間も広大になり、隣近所でルールを決めていれば安全な暮らしができる時代ではない

日本のカジノ合法化で最も今重要な課題は「公設」か「私設」かという問題だ。

“アイ・アール”などど解るような解らないような略語ローマ字を使って、巨額な資金をアピールする派手なカジノリゾート私設の

開設というのは、1987年に国土交通省と農林水産省が中心となって、経産省、総務省などと法制化した総合保養地整備法と

全く同じであり、確実に失敗することが明白であるにも関わらず、また同じ過ちを繰り返えそうとしているのだ。


この時も「リゾート法」などと横文字をアピールして、民間事業者の活用を重点に法制化が進められ、全国42の地域で

リゾート構想をぶち上げて盛り上がったが、総て大失敗となり、政府は2004年に「抜本的な見直しを行う」という発表で

廃止に向かったものだが、現在も尚その債務は残っている。


このときも「大規模テーマパーク」であることが条件とされ、日本人の多くは素人目にも失敗すると考えていた。

結局このリゾート法によって利益を得たのが、関係官僚と政治家の利権徳とゼネコンなど大手建設業界、

大手家電メーカーだけで、その負の資産は日本国民にのし掛かった。


カジノの場合は、日本にカジノ運営のノウハウがないことを理由にして、政府はカジノ利権を外資カジノ事業に売って、

利権の旨味だけを取ろうと考えた。

そして、海外から日本に飛んできたハゲタカ外資が日本中を旋回して、もはやカジノ建設の地域選定は政府ではなく、

ハゲタカの嗜好が優先されている。

カジノ誘致に反対する多くの評論家や有識者と呼ばれている著名な方達は、「日本は世界的に誇れる“食”というものがあり、

文化や伝統という優れた観光資源に恵まれている。カジノが無くても、こうした日本の強みや利点を最大限に有効活用して

世界にアピールすれば、日本の観光政策もMICEも成功する」と語る。

で、あるならば、とっくの昔に日本は世界一の観光大国になっている。

日本の食、文化、伝統は、既に日本のものではなく、世界に飛び出してしまい、日本に来る理由や根拠にはならない。

そんな日本の状況を作った要因は、決断力の無い優柔不断さと、先見性の無い古くさい考え方で自己陶酔しているあんたたちに

あることを理解するべきだ。